連載小説  風雲村山砦    女波 良  top
  第一章 武州多摩流れ者

 初春の二宮宿

  池乱蔵が、菜の花が咲き乱れるその荒地に足止めされたのは、さしたる御用があったわけではない。青梅から気まぐれに足を向けたこの地は、かつては土地の豪族が世直しの気概で闊歩していた村山七党の勢いも休止していた感があり、点在する村の簡素な佇まいは武州の長閑なありふれた風景ではあった。

 行商人と連れ立って峠を越え、平井から広がる荒涼とした台地を歩いているうちに五日市街道に出た。獣道のような間道に入り込んで、しばしば方角を見極めることができずに右往左往していると、親切な樵が街道の行き方を教えてくれたものだ。増戸から右に行けば五日市の宿場に着くが、その先はさらに山奥にいたることを知っては、少しでも人気のある熊川方面へ足を向けたくなるのは、田舎町とはいえ城下育ちの乱蔵にとっては、人心地を期待したのかもしれぬ。

 とにかく、青梅の街は彼には性が合わないようで、狭まった谷あいの光景は落ち着かなくて仕方ない。多摩川沿いの茶店で同席した目薬の行商人がお侍相手のやりとりが得意らしく、大久野の集落までは機嫌よく同行してくれたものだ。乱蔵は剣の腕はいまひとつだが、故郷の長老から体術を教わっていたので、組み手となれば彼の巨体の利を活かせるので、長指物は旅には重い荷物でもある。

 ときおり草地の日向を見つけては寝そべって休みつつ、遠方の富士を眺めては春ひばりの飛翔する姿の目を細めたりして、二宮の宿へとのんびり足を運んでいたのであった。
 
  遠方に丘のような円墳が見えてきた。草刈場のような草原が続くなかで、草叢を行商人の行き来が踏み固めたような街道が細く続いている。虚空には、トンビが嬉しそうに円形を描くように飛翔している様が長い旅路の眼を癒してくれる。

 振リ返ると五日市宿へ向かう馬喰の姿が見えた。
 駄馬に積んだ荷駄が重そうで、「馬もえらいことよ」・・・と乱蔵は思わずつぶやく。
 円墳の周囲は、いくつかの集落が見え、里芋や麦を育てている百姓家から、数人の童が飛び出してきて、野飼いの鶏を追いかけているのが見える。
 乱蔵は郷里の子供たちを思い出して、口元を緩めたもんだ。
 
ワシの里は海辺だったから、童たちも真っ赤なホッペしていたもんだよ。相撲して遊んでやった、あの坊主も大きくなったろうなぁ・・・。

 二宮宿に足を進めつつ、西の彼方に春霞におぼろげながらも堂々とした富士の姿が見えた。

 おお、「霊峰富士ではないかぁ・・・。」
 裏街道からは、はじめて見た富士の雄姿にしばしみとれる乱蔵であった。

 童たちが駆け回る麦畑からひばりが飛び立ち、青空の途中で停止したように歌い出している様を心地よく眺める乱蔵だった。
 
 二宮館にさしせまる草場の片隅に、地場百姓の日避け屋根みたいな東屋があり、そこに頼りなさげな「茶屋」があった。
 
 乱蔵は、まあ掘っ立て小屋だが、日よけだけでも「有り難い」と察し、おもむろに簡素な床机にどっかりと腰を下ろすと、裏手の筵の影から姿を見せた爺に声をかけた。

 「やあ、爺さん。茶となんぞ、地の喰いもんでもみつくろって持ってきてくれい」
 日焼けした小柄な爺は、見慣れぬ巨体のサムライに一瞬たじろいた風ではあったが、
 「旦那、ちとお待ちでなぁ・・・」と、
愛想もなく奥にひっこむと、間もなく角が欠けた茶碗に入れた茶と、里芋の煮っ転がしが山盛りになった椀をもって、乱蔵の床机に置いていった。

 「おお、芋かぁ。まあ小腹にはよいの」
 乱蔵は箸で里芋を摘み、口にほおりこんで、わしわしと頬張りながら、渋茶をずるずるとすすりつつ、街道のはずれの藪道から、妙に目立つ着流しの素浪人が、地元の小娘に裾を引っ張られながら、おもむろに飛び出てくるのを観て、呆気にとられたものだ。

 「ん!?、、、、。
 あやつ、『業平』ではないか???」

 乱蔵が六っつめの煮っ転がしを頬張っているころ、その「業平」は裾に絡みついたまま小娘の手を
 「これこれ、もう良い加減にせぬかぁ・・・」と、
そっと払い退けつつも、天然の愛嬌だけは愛らしくも見える、小柄な娘の絡みに、まんざら困った風でもない有様で、娘に着流しの裾を捉まれたまま、「奴」は誰のことも気にせずの風体で、乱蔵が独占している掘立茶屋の真横までふらふらとやってきた・・・。
 
 
 
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